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                  diary    21 / Jun 2021
「ふすま」のこと
マルカフェの考えるこれからのこと

開業以来、作り続けている「ザクザククッキー」というお菓子があります。

その名の通り「ザクザク」とした食感が魅力なのですが、原料に小麦粉の外皮(ふすま)を使っているのが大きなポイントです。

 

ふすまは、通常の製粉過程では捨てられてしまうものです。(もしかしたら活用されているかもしれません。調べてみなければ!)私が知る限り、市販されているのは見たことがありません。

 

でも、栄養豊富だし美味しいし、宝ものです。

 

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じつはこのクッキーのための、ふすまを手に入れるのはとても大変なことなんだと言うことに開店から7年目の今、気が付きました。

 

原料の小麦は「まるごと」調達する必要があるので残留農薬の心配がないものを選んできました。外側の「ふすま」には特に残留農薬が残りやすいと言われています。

(農薬使用の有無についての考えは前回の投稿をご覧いただければ幸いです。あくまで、どんな環境で、どんな人が、どんな思いで作ったものなのかが最も大切と考えています。)

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現在、原料となる小麦粉は南牧村の有坂さんご夫婦が育ててくださっています。

(詳しい記事は「有坂さんの卵と小麦のストーリー」をご覧ください)

 

 

有坂さんからいただいた小麦の粒を、少量ずつ小海町の個人の方が営まれている小さな製粉所に持ち込み、粉にしてもらっています。

この製粉所の製粉機が動いている場面を見れるチャンスは なかなかないのですが、機械は昔ながらのものだそうで、大きなベルトコンベアーのような雰囲気があります。

(きっと稼働したらまるで「千と千尋の神隠し」くもじいの仕事場のような感じなのだろうと想像してわくわくしています。)

 

 

最近わかったことが、製粉機の種類によっても出てくるふすまの形状が様々なのかもしれなくて、ザクザククッキーの噛んだ時のプチプチ感やファイバー感は古い製粉機で出てくる、ふすまの中でも薄く平たい、ヒラヒラとした少し大きめものでないといけないと言う点です。

 

とすると、毎週毎週、当たり前の様に焼いている「ザクザククッキー」は、今は有坂さんと小海町の製粉所さんがいるから作れているということになります。

実はふすままで使える小麦粉が、地元で豊富に手に入るのかというと、今のところ簡単ではありません。

 

手に入れるためには農薬を使わずして小麦が育つ環境や農家さんが必要ですし、少量の玄麦(小麦の粒)でも粉にしてくれる小さな製粉所がないと、粉もふすまも手に入りません。

 

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「俺も今年から後期高齢者だよ!!」と、満面の笑みで一時間かけて高原からマルカフェまでワゴン車を運転し、毎週毎週、平飼い卵の配達に来てくれる小麦の生産者でもある有坂さん。

製粉所の武川さんも同年代です。

この先、何十年後も「ザクザククッキー」が作り続けられるという未来の約束はされていません。

彼らの仕事が受け継がれていくように私たちにできることがあれば全面的に協力したいし、受け継いだ方を全力でサポートしたいと思っています。

 

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実はまだ、うまくいくかはわかりませんが、今年は近所の農園さんの協力を得て、有坂さんの小麦の子孫を育てたいと計画しています。マルカフェの近隣では有坂さんの畑との標高差も大きいですし、土も違うし、その小麦が育つ環境としてはベストではないかもしれません。

小麦の栽培自体、気候変動や塩野地区のように元々の土壌の性質によっては病気が出てしまうかもしれません。農薬も使えないので無事にいただくこともできないかもしれません。

関連記事:「風景をつくる人たち

(実際に今、同じ土壌で農薬不使用で小麦栽培をしている農園さんはいらっしゃいます。そして、大変ありがたいことに、この作物ならどうかな?と代わりの作物を提案してくださる農家さんもいます。これについても後日ご紹介します!)

 

 

とにかくやってみなければ分からないですが、有坂さんの小麦の子孫を自分が仲間と育てて、ザクザククッキーをつくってみる!と考えると、わくわくします。 製粉機についてもマルカフェでいつか導入を検討する日が来るかもしれません。調べたいこと、学びたいことがたくさんあります。

 

 

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しかし、一方で「そうまでして」小麦を手に入れたいのは自己満足じゃないの?

自然や植物にしてみたら人間のエゴじゃない?

そんなことも考えてしまいます。

 

 

でも前記の友人がくれた視点のように、農の役割は食卓を支えるだけではなくて、美しい景観を作り出したり、未来へのメッセージ、という目線も大切だと思っています。

これだけ自給率が危ぶまれている時代に地産地消を求める者にとっては、受け身ではなく、主体的に考えていく時期にきていると思うからです。

 

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当たり前かもしれませんが、私は目の前にある食材をはじめ、暮らしを取り囲むものや仕組みは、必要とされるから「ある」のだと思っています。

知らない誰かから、本当は望んでいないのに勝手に与えられたものだなんて、とても言えません。便利だし、手軽だから食べている、使っている、そういうものも私の日常には山ほどあります。

仮に誰かが私たちの暮らしに本当は役に立たない、暮らしを犯すものを知らず知らずに取り込んいるのだとしたら、それに気が付かない方が怖いと思うのです。

 

 

そういう意味では、目の前にある対象が生まれる背景が遠くなればなるほど、よく分からなくなるし、そのものの成り立ちに関心も薄くなる気がしています。

 

 

 ひとりでジタバタしたってできることは少ないし、分からないことも多いし、だからこそ共感してくださる皆さんと一緒に、これからどうしていきたいかを考えてみたいと思いました。

 

そのきっかけづくりとして、作ったお菓子があります。それが「みらいのボーロ」です。

「この土地でずっと作り続けられてきたもの」

「生産量が見込めるもの」

「気候変動の真っ只中でも、毎年安定して収穫できるもの」

「担い手と食べる人がいまだに多くいること」

それってどんなものだろう?と考えたときに、浅い私の知識で出た答えが「米と大豆」でした。

 

 

お読みいただきありがとうございます。

合わせて以下の記事もお読みいただけたら幸いです。

 

「みらいのボーロ」ついて

 

 

ザクザククッキーについて マルカフェの考えるこれからのこと
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